大阪信愛生命環境総合研究所(OSILES) |
OSIES News 人と環境 No.2 p.1 (2003) |
環境問題の解決が難しいところは、被害があまり実感できない、物質的に快適な生活の抑制が難しい、原因と結果が明瞭でない、被害者が加害者でもある点などが上げられる。公害問題が大きな社会問題になった時は原因を除去するための施策で問題はある程度解消されたが、現在の環境問題は問題が複雑化し、また問題の根元が人間の生活・社会および人間自身にあり、解決は容易ではない。しかし、対策を着実に進めないと、気がつけば手後れ状態ということになりかねない。
環境問題の解決へ向けてどのように進むべきか。環境基本法には、国・地方公共団体・事業者・市民に対する責務(第6-9条)がうたわれている。国・地方公共団体・事業者の責任は当然であるが、市民にも市民としての責任がある。私たちにできること、すべきこととして、身近な問題から解決しようとよく言われる。しかし、簡単そうだが中々できない。環境問題の深刻さは意識的にはかなり理解されるようになってきたが、行動には中々結びついていないことがよく指摘されている。
最近私たちが行った女子短大生対象のゴミと環境に関する調査の結果においても似た傾向が示されたが、いくつか興味深い点も示唆された。この4年間において環境問題に対する関心や意識は高まっている傾向が示されたが、環境問題解消へ向けての行動における変化は認められなかった。環境問題解消に関わる日常行動について、高い割合を示したものはマナー的なもので、生活の利便性や快適性を損なうものについては割合が低かった。意識の高まりは環境問題に関する情報量の増加によるもので真の意識改革はそれ程進んでいないように思われた。意識と行動の関係を見ると、積極的な行動は、単に関心があり意識が高いだけでなく、上記の生活の利便性や快適性を損なうような行動やリサイクルへの関わりを持っている人など環境問題解消へ向けて"努力する姿勢"がある人に認められた。全体的に意識の高まりに比べ積極的な環境問題解消への活動を行っている人の割合は少なく、意識の高まりが行動を伴うまでになるには何か大きなステップが必要ではないかと考えられた。そのステップとして日常における継続的体験が考えられる。家庭ではゴミ問題に直面しているが、日々のゴミ処理はほとんど母親任せの状況になっていることも示された。家庭におけるゴミ処理が一つの環境教育の場として家族全員が一致協力してゴミ処理をする状況が生み出されれば、行動を伴う意識の向上が進み環境にやさしい社会実現の基礎になるのではと考えている。
OSIES News 人と環境 No.2 p.2 (2003) |
第1回環境総研講座は、関西学院大学名誉教授小嶋吉雄氏に、水問題を中心とした環境問題についてご講演いただいた。
地球は水の惑星といわれるように水は豊富に存在し、生命にとっても非常に重要な存在となっている。そして、水と生命は非常にうまく調和して存在している。人間は水を贅沢に使っているが、他の動物は非常に倹約している。豊富な水を存分に使える時代は終わり人間も水の使い方を考えなければならない時代になった。
熱帯雨林の消滅と種の絶滅は急速に進み、砂漠化も各地で進んでいる。酸性雨の問題も欧米だけでなく日本も深刻な状況になりつつある。地球温暖化も島国の日本に重大な影響を与える。豊富なはずの日本の水も渇水の危険をはらんでいる。人間の使う水の量の急激な増大を深刻なものとして考えなければならない。しかし、今の生活を昔に戻すことは非現実的で、新しい方策の模索が必要となっている。
第2回講座は市民ミーティングという企画で、(社)大阪自然環境保全協会副会長の木下陸男氏に問題提起を行っていただいた。
同協会は大阪近郊の自然保護活動を行っている団体で、はやくから里山保全を唱えて、カマ・ノコ・ナタを自ら手にして山仕事を始めていた。それは、長年の自然観察活動から、森林の荒廃が野生生物の減少あるいは人間との摩擦を招いていることに気づいたからである。里山保全=森林整備と思われがちであるが、本来の目的は里山に棲む野生生物の保護である。
今回、鳥獣保護法が改正されて問題化してきた野生鹿の保護・管理の問題は協会の重要テーマであり、1999年に改正された鳥獣保護法に基づいて大阪府が示した野生鹿保護管理計画の問題点が示された。問題点を要約すると、①野生鹿が増加しているといわれるが十分な調査がなされたわけではない、②地方へ保護管理の権限が委譲されたが、保護管理の十分な知識と技術をもった担当者の配置が不十分である、③農業被害も農業作業形態の変化や野生鹿の生息環境(人工林化とその荒廃、野生鹿の生息環境分断するニュータウン開発や道路建設)の悪化も原因としてあるので、土地利用計画のなかで野生生物保護の観点も十分に盛り込まなければならない。
協会では、里山保全作業の充実とともに、府の調査活動への協力及び協会独自の調査活動も実施していくので、市民への理解と協力が呼びかけられた。
第3回は都市基盤整備公団関西支社建替業務部トータルリニューアル課課長田中貢氏にご講演いただいた。
住みよいまちづくりを実現し、少子高齢化の成熟社会を豊かにすることをテーマに、木造賃貸住宅が集まる密集市街地と近代都市における高層建物の問題を取り上げられた。それは価値観の変化という抽象的な現象を、建築を通じて私たちの眼前に提示する試みでもあった。
木造賃貸住宅は、高度経済成長時には大きな役割を果たしたが、今は老朽化等防災面からの問題点で住環境整備が急がれている。立て替えによる住環境整備の実施には、まちづくりの動機形成、共同化による立て替え後の共同管理の合意形成といったソフト面でのさまざまな困難があるが実現した事例もある。
超高層建物は「建物の超高層化により都心も緑溢れる公園のようにできる」という近代的都市計画理論より生まれたが、今は昔ながらの下町の良さを評価し、混在の中でのまちの活力という魅力を認める方向に変わってきた。周辺建物とのスカイラインを尊重し、多少自己日照を犠牲にしつつも、ベタッとした土地利用の建物設計が周囲に優しい設計だという考え方が広がり、「建物内部は建物所有者のものだか、外形や外装は地域のものだ」との認識が求められ始めていることが指摘された。
第4回は近畿大学教授細谷和海氏に、淡水魚の生態と保護について、外来魚の問題を交えご講演いただいた。
現在、外来魚の繁殖と在来種の減少、絶滅が問題となっている。希少淡水魚の国有財産としての価値は、①自然史的遺産、②文化財、③環境指標、④遺伝資源の4つに整理できる。
1991年に環境庁よりレッドデータブックが出されたが、現在76種(全淡水魚の約4分の1)がリストされている。文化庁は4種類(ミヤコタナゴ、イタセンパラ、アユモドキ、ネコギギ)を天然記念物として指定している。
外来魚の弊害は、問題となっているブラックバスについては食害であり、在来種を急激に減少させ、絶滅危機種も現れ、生物の種多様性や地域固有性が失われることになった。ブラックバスは70年代に全国でわずか4水系でしかいなかったが、20年後には半分の水系にまで広がり、実際はほとんどの水系にいるともいわれている。ブラックバスの急激な増加は高い繁殖性だけでなく、ゲームフィッシングの急速な普及も大きく関係している。
外来魚の問題は、人間側、すなわち社会にあるので、法規制や社会的啓発などの推進が必要である。
OSIES News 人と環境 No.2 p.3 (2003) |
日本に産卵しに来るのはアカウミガメというウミガメで、無骨な雰囲気の漂うカメです。砂浜に上陸すると動きは速くなく、フーフーとため息をつき、涙を流しながら産卵するその姿は、海辺で生活する人に自然に対する畏敬と親しみの念を与え、多くの土地でカメを大切にする風土が育ちました。卵を全て取らずに一部を残しておく習慣は、かつて多くの土地で聞かれましたし、漁でとれたカメや産卵しているカメに酒を飲ませる風習も各地で聞きます。また、ウミガメの死体を葬った墓も全国にいくつも見ることができます。これらは、現在の自然保護思想の原点のようなものに相当するものでしょう。
このように動物の中では比較的人間の受けがいい動物であるためか、南日本の各地でウミガメの保護活動が始まりました。日本で最も早く保護活動が始まったのは徳島県の日和佐町です。当時の中学校の理科の先生が、中学生を指導しながら基礎データを集め日本のウミガメ保護の端緒を築きました。その後、屋久島、宮崎、和歌山、静岡など、ウミガメを保護しようとする活動は各地で始まりました。
しかし、一言で保護といっても、どんな活動が保護になるのかわかりません。実際に何をすれば保護につながるかを考える必要が出てくるのです。そこで科学が必要になってくるわけです。つまり、科学的にウミガメの生活を知ることで、初めて適切な保護活動が可能になるわけです。従って、保護と科学は表裏一体のもので、両方が同時平行して行われ、相補的な補完が行われるのが理想であるわけです。そのためには、研究志向の研究者と保護志向のボランティアとの情報の共有ということが不可欠であるわけです。
日本ウミガメ協議会はその情報の共有を促進する場として、また、保護と科学のバランスのとれた発展を目的として1990年に発足しました。これまで、保護活動としては、日本全国の産卵地で行われている卵の保護や啓蒙普及活動を支援する傍ら、ウミガメを識別する標識の統一、さらにはウミガメの身体測定をするための道具の統一などを行ってきました。また、各地で活動するボランティア団体の情報を共有し、より正確で裏づけのある議論を形成することを目指してきました。その結果、協議会の関わるメンバーが若手の研究者を受け入れ国際的な科学雑誌に論文も出ましたし、ボランティアにとってはより正確に産卵の現状の客観的な評価を行えるようになりました。例えば、産卵したアカウミガメは東シナ海に泳いでいくことや、日本で誕生した子ガメは海流にのって太平洋を横断し、メキシコの沖で成長することもDNAの研究から明らかになりました。このように日本で産卵するウミガメを保護するには、彼らの長い生活史のなかで過ごす世界中の海の環境を考える必要が出てきました。従って、ウミガメの保護は国際協力が不可欠な訳です。
ところが、いざ本質的な保護対策をというときに問題となるのは日本の縦割り型の行政です。日本で海のことを取り仕切るのは海上自衛隊を擁する防衛庁、海上保安庁、そして水産業を担当する水産庁です。ではウミガメの保護を担当する省庁はどこかというと見当たらないのです。一般国民からは野生動物の保護だから環境省ではないかと考える人が多いのですが、環境省が海の行政に意見を挟むのは、縦割り行政のなわばり意識が存在しているようで、まだまだ難しい状況にあるのです。という訳で日本では海洋動物の保護に関しては極めて手薄な状況が続いています。
今後、我々が行っていかなければいけないと考えているのは、単にウミガメの保護だけではなく、ウミガメの産卵するような自然豊かな浜辺とそこで暮らす住民の心地良い生活をどのように創生するかということです。例えば、最近とかく評判の悪い公共工事ですが、そこに充当されている予算がウミガメやその他の自然のモニタリングに回すことが出来ないだろうか。つまり、自然を壊すことに使われていた税金を、少し、それを見守るエネルギーに費やしてもいいのではないかと考えています。人は自然を美しいと思います。また、徹底的に自然を無くした都市もそれなりに美しいと感じます。ところが、中途半端に自然を破壊した地域は非常に見苦しいものがあります。現在の地方の集落にはこの中途半端な開発が横行し、みっともない集落が余りにも増えすぎています。これまで、人は都市型の経済システムのみを模索してきましたが、これからは自然を保全した状態での集落型の経済システムを確立することが必要ではと考えています。
OSIES News 人と環境 No.2 p.4 (2003) |
いつの頃からか、イタセンパラは淀川のシンボルフィッシュとよばれるようになった。本種には、文化庁から「国の天然記念物(種指定)」、環境省からレッドデータブック掲載種「絶滅危惧ⅠA類」、さらには、“種の保存法”にもとづく「国内希少野生動植物種」と、物々しい肩書きが並ぶ。つまり、イタセンパラは、この地球上から永遠に姿を消す危機に直面している淡水魚の一種なのである。
ドブガイに産卵しようとするイタセンパラのつがい(左雄、右雌)
イタセンパラは日本固有の淡水魚で、成魚になっても体長が10cmにも満たないタナゴの仲間である。生きた淡水二枚貝の体内に産卵するというのが、タナゴに共通した面白い習性なのだが、イタセンパラはコイ科としては珍しく、産卵期は秋季である。したがって、仔魚は新緑の季節に泳ぎ出すまで、実に半年以上もの期間を二枚貝の中で過ごすという、極めて特異な習性をもっている。本種の分布域は富山平野と濃尾平野、そして淀川水系である。いずれの地域でも人間活動による生息環境の消滅や悪化によって危機的な生息状況にあるが、現在、比較的まとまった個体数の生息がみられるのは、何と大阪市内の淀川である。
1996年6月、環境庁・文部省・農林水産省・建設省の4省庁によって「イタセンパラ保護増殖事業計画」が官報告示され、行政機関の主導による本格的な保護活動が始まった。行政間の連携による本事業計画の策定は、従来にはない画期的なものであり、自然保護に対する行政の意気込みを感じさせる。
本事業は、イタセンパラが自然状態で安定的に存続できる状態になることを目標とし、その内容は、①生息状況等の把握・モニタリング、②生息地における生息環境の維持・改善、③飼育繁殖に向けた取り組み、④その他として、密漁の防止や移入種による影響への対策、普及啓発の推進等、多岐にわたる。
しかし、行政機関がこれらの事業を永続的に、かつ、実りのあるものにしていくうえで最も大切なのは、地元で調査・研究、保護活動を行っている個人、あるいは団体との密接な連携である。淀川には、1970年代初頭より自然保護活動に関わってきた研究者やナチュラリスト、(財)淡水魚保護協会(1994年に解散)や日本生態学会などの組織があった。淀川水系イタセンパラ研究会(以下、研究会)は、このような、古くから淀川の自然保護に携わってきた人々が中心になって1996年11月に発足した。
会員は、河川生態学や河川工学の研究者をはじめ、 学校教育関係者、水族館、博物館の学芸員、文化財の専門家などの社会教育に携わる関係者で構成されている。研究会が主催する勉強会や会議では、「イタセンパラ保護増殖事業計画」の推進にあたって、行政機関やコンサルタントの担当者も交え、多角的な視点から具体的施策についての活発な意見交換を行なっている。また、生息状況把握のための現地調査をはじめ、保護啓発用リーフレットの作成や講演会、シンポジウムなどの機会を通じての啓発活動についても力を入れている。研究会が目指すのは、イタセンパラという生物種のみの保存ではなく、あくまでも本種を健全な河川環境のシンボルとして位置づけることで、本種を含む河川生態系全体の保全を図ることである。
イタセンパラの主生息地である淀川は、1971年から約30年間続いた河川改修工事によって河川環境の著しい衰退を招き、イタセンパラの危機的状況をつくりだした。国土交通省が今春策定する河川整備計画は、
今後20~30年の淀川のありかたを決定する大計画である。この計画の遂行によって再びイタセンパラが生きいきと遊泳する河川生態系が淀川に復元されることを願ってやまない。